「ワインといえばフランスやイタリア」と思っている方、実はワインの起源は全く別の場所にあることをご存知でしょうか。それが、黒海とカスピ海の間に位置する小国・ジョージアです。この国のワイン造りの歴史は、なんと8,000年。フランスが本格的にワインを造り始める数千年も前から、ジョージアの人々はブドウを発酵させ、壺で熟成させる独自の製法を確立していました。
近年、日本でもコンビニやスーパーで見かけるようになったジョージアワイン。その琥珀色の美しさと、複雑で奥深い味わいは、一度飲んだら忘れられません。この記事では、新しいワインを開拓したいあなたに向けて、ジョージアワインの魅力を歴史・製法・楽しみ方の視点から徹底解説します。
ワインの起源はフランスではない—ジョージアの8,000年
結論から言えば、ワイン発祥の地はジョージア(旧グルジア)です。
2017年、ジョージア国内のトビリシから南東約50kmに位置する新石器時代の遺跡から、ワイン造りの痕跡が発見されました。出土した土器片に残された有機物を分析したところ、紀元前6,000年頃のワインの痕跡が確認されたのです。これはそれまで最古とされていたイランの遺跡(紀元前5,400〜5,000年)を約1,000年も遡る発見でした。
なぜジョージアでワインが生まれたのか
ジョージアがワイン発祥の地となった背景には、この地域の恵まれた自然環境があります。カフカス山脈の南麓に位置し、黒海からの湿った空気と山からの冷涼な風が交わるこの地は、野生のブドウ(ヴィティス・ヴィニフェラ)が自生する数少ない場所の一つでした。
古代の人々は、熟したブドウが自然発酵する様子を観察し、それを意図的に再現する技術を発展させていきます。そして彼らが選んだ発酵・貯蔵容器が、地中に埋める素焼きの大壺「クヴェヴリ」だったのです。
ジョージアに残る525種のブドウ品種
8,000年という長い歴史の中で、ジョージアでは実に525種類ものブドウ品種が栽培されてきました。現在も約40品種が商業生産されており、その多くは世界のどこにも存在しない固有品種です。
代表的なものを挙げると、白ブドウの「ルカツィテリ」「ムツヴァネ」、黒ブドウの「サペラヴィ」など。これらは数千年にわたり、ジョージアの土地と気候に適応してきた品種で、独特の香りと味わいを持っています。
ちなみに、ジョージアでは「ワイン」を意味する言葉が「ღვინო(グヴィノ)」と呼ばれ、多くの言語学者がこれが英語の「wine」やフランス語の「vin」の語源だと考えています。
クヴェヴリ(素焼き壺)製法とは何か

ジョージアワインを語る上で絶対に外せないのが、クヴェヴリ(Qvevri)と呼ばれる素焼きの大壺を使った伝統製法です。
クヴェヴリの構造と役割
クヴェヴリは卵型の大きな素焼き壺で、容量は数百リットルから数千リットルまで様々。内側には蜜蝋が塗られ、液体が染み出さないように処理されています。最大の特徴は、壺ごと地中に埋められるという点です。
地中に埋める理由は温度管理にあります。ジョージアの夏は暑く、冬は寒い。しかし地中1〜2mの深さは年間を通じて12〜14℃と安定しており、ワインの発酵と熟成に理想的な環境が自然に保たれるのです。エアコンもない古代から、人々はこの知恵を活用してきました。
現代の醸造法との決定的な違い
通常のワイン造りでは、ブドウを搾った後、果汁だけをタンクに入れて発酵させます。皮や種、茎は取り除かれます。
しかしクヴェヴリ製法では、ブドウを丸ごとクヴェヴリに入れるのです。果汁だけでなく、皮も種も茎も一緒に。白ブドウを使う場合でも、です。この「スキンコンタクト(果皮浸漬)」が数ヶ月続くことで、皮に含まれるタンニンやポリフェノールがワインに溶け出し、独特の色合いと複雑な味わいが生まれます。
発酵が終わった後も、ワインはクヴェヴリの中でそのまま数ヶ月から1年ほど熟成されます。その間、果皮や種は自然に底に沈殿し、澄んだワインが上部に残るという仕組みです。
2013年、ユネスコ無形文化遺産に登録
このクヴェヴリを使った伝統的なワイン造りは、2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。「クヴェヴリワイン製造の伝統的手法」として、人類が守るべき文化的価値が国際的に認められたのです。
現在でもジョージア全土で約1,000軒以上の家庭や生産者がこの製法を守り続けており、結婚式や祝祭では必ずクヴェヴリで造ったワインが振る舞われます。ワイン造りは単なる産業ではなく、ジョージア人のアイデンティティそのものなのです。
琥珀色の神秘「アンバーワイン」の世界
「白ワインなのに、オレンジ色?」
ジョージアワインを初めて見た人の多くが、この色に驚きます。透明感のある黄金色ではなく、濃い琥珀色、時にはオレンジがかった褐色。これがアンバーワイン、またはオレンジワインと呼ばれるジョージアワインの特徴です。
なぜ白ブドウから琥珀色が生まれるのか
答えはシンプル。白ブドウを皮ごと長期間発酵させるからです。
ブドウの皮には色素成分(アントシアニンやカロテノイド)が含まれています。通常の白ワイン造りでは果汁だけを使うため、これらの色素はワインに移りません。しかしクヴェヴリ製法では、数ヶ月から半年もの間、果皮と果汁が接触し続けます。その結果、皮から色素が溶け出し、あの美しい琥珀色が生まれるのです。
味わいの特徴:複雑性とタンニン
アンバーワインは、白ワインと赤ワインの中間のような味わいです。具体的には以下のような特徴があります:
- タンニンの存在感:皮から抽出されるタンニンにより、舌に心地よい渋みと引き締まった感触
- ドライフルーツやナッツの香り:酸化的な熟成により、アプリコット、オレンジピール、くるみ、蜂蜜のような複雑な香り
- 長い余韻:口に含んだ後、長く続く味わいの変化
- 酸味と苦味のバランス:フレッシュな酸と、皮由来のほろ苦さが調和
初めて飲むと「これは白?赤?」と混乱するかもしれません。しかしこの唯一無二の味わいこそが、8,000年の歴史が生み出した宝なのです。
代表的なジョージアワイン(参考)
新しいワインを開拓したい方が試してみるなら、以下のような銘柄が入門に適しています:
【白・アンバーワイン】
「フェザンツ・ティアーズ ルカツィテリ」:クヴェヴリ製法で造られた本格派アンバーワイン。ドライアプリコットとハーブの香りが特徴で、価格は2,500〜3,500円程度。初めての方にも飲みやすい。
【赤ワイン】
「キンズマラウリ」:サペラヴィ種を使った半甘口の赤ワイン。ベリーとスパイスの香りで、タンニンは柔らかめ。1,500〜2,500円程度で入手しやすく、ジョージアワインの入り口として最適。
ただし、クヴェヴリ製法のアンバーワインは好みが分かれます。「フルーティで軽やかな白ワインが好き」という方には重く感じられるかもしれません。まずは小瓶やグラスワインで試してみるのが賢明です。
日本での入手方法: コンビニからワインショップまで

実は、ジョージアワインは日本でも比較的簡単に手に入ります。
コンビニ・スーパーで買える時代に
近年、大手コンビニチェーンや大型スーパーでもジョージアワインを見かけるようになりました。特に「キンズマラウリ」や「アラザニヴァレー」といった半甘口の赤ワインは、1,000円前後で購入できる手軽さもあり、人気が高まっています。
ただし、店頭に並ぶのは比較的スタンダードなラインが中心。本格的なクヴェヴリ製法のアンバーワインを探すなら、次の方法がおすすめです。
ワイン専門店・輸入酒販店
カルディや成城石井といった輸入食品店、あるいはワイン専門店なら、より幅広いジョージアワインが揃っています。価格帯は2,000〜5,000円程度が中心で、店員さんに「クヴェヴリ製法のものを」と伝えれば、適切な銘柄を紹介してくれるでしょう。
オンラインショップの活用
地方在住の方や、近くに専門店がない場合は、オンラインショップが便利です。ジョージアワイン専門の輸入業者も複数存在し、産地や製法の詳しい説明とともに購入できます。
注意点としては、温度管理です。特にアンバーワインは酸化的なスタイルとはいえ、高温での保管は品質を損ねます。夏場は冷蔵配送を選ぶか、到着後すぐに冷暗所で保管しましょう。
ジョージア料理レストランという選択肢
「いきなりボトルを買うのは不安」という方には、ジョージア料理レストランでのグラスワインがおすすめです。東京・大阪をはじめ、主要都市にはジョージア料理店が増えており、本場の料理とともにワインを楽しめます。
ソムリエや店主と会話しながら、自分の好みに合ったワインを見つけられるのも大きな利点です。
ジョージアワインと和食の意外な相性

「ワインと和食は合わない」—そんな思い込み、まだ持っていませんか?
実は、ジョージアワイン、特にアンバーワインは和食と驚くほど相性が良いのです。
タンニンと旨味の相互作用
和食の特徴は「出汁の旨味」です。昆布や鰹節から抽出されるグルタミン酸やイノシン酸といった旨味成分は、ワインの渋み(タンニン)と結びつくと、互いの良さを引き立て合います。
アンバーワインには白ワインながらタンニンが含まれており、このタンニンが和食の旨味と絶妙にマッチするのです。
具体的なペアリング例
筆者が実際に試して「これは!」と感じた組み合わせをいくつか紹介します:
【刺身・寿司】
白身魚(鯛、ヒラメ)の刺身には、ルカツィテリのアンバーワインが最高です。魚の繊細な甘みを邪魔せず、ワインの複雑な香りが味わいに奥行きを加えます。特に、醤油との相性が抜群。
【焼き鳥(塩)】
サペラヴィ種の赤ワインと焼き鳥の塩は、誰もが納得する組み合わせ。炭火で焼いた鶏肉の香ばしさと、ワインのベリー系の果実味が調和します。タレよりも塩の方が、ワインの繊維細やかな味わいを楽しめます。
【味噌料理】
意外に思われるかもしれませんが、味噌田楽や西京焼きなどの味噌料理とアンバーワインは驚異的に合います。味噌の発酵由来の複雑な風味と、ワインの酸化熟成による複雑さが響き合うのです。
【漬物・発酵食品】
ぬか漬けや奈良漬といった発酵食品も、ジョージアワインとの相性は抜群。どちらも「発酵」という共通のプロセスを経ているためか、味わいが自然に溶け合います。
温度帯にも注目
和食と合わせる際は、ワインの温度も重要です。白のアンバーワインは12〜14℃程度(少し冷やし気味)、赤のサペラヴィは16〜18℃程度(常温に近い)が理想的。
冷やしすぎると香りが閉じてしまい、せっかくの複雑な風味が楽しめません。冷蔵庫から出して15〜20分ほど置いてから飲むのがコツです。
知っておくと差がつく豆知識
ジョージアではワインを「飲む」のではなく「祈る」
ジョージアには「スプラ」と呼ばれる伝統的な宴会文化があり、その席では必ず「タマダ」という宴会長が選ばれます。タマダは宴会の進行役であり、乾杯の音頭を取る重要な役割を担います。
そして乾杯のたびに、タマダは祖国、家族、友人、故人などへの祈りを込めた長いスピーチを行います。参加者は静かに耳を傾け、スピーチが終わると全員でワインを飲み干すのです。つまりジョージアでは、ワインは単なる飲み物ではなく、祈りと感謝を捧げる神聖なものなのです。
「サペラヴィ」は宇宙に行ったブドウ
2016年、国際宇宙ステーションにジョージアのブドウ品種「サペラヴィ」の苗木が運ばれ、無重力環境での栽培実験が行われました。将来的な火星移住を見据え、宇宙でもワイン造りができるかを検証する試みです。
8,000年の歴史を持つブドウが、今や宇宙でも栽培されようとしている—何とも壮大なストーリーではないでしょうか。
ジョージア正教会とワインの深い結び
ジョージアは世界で最も早くキリスト教を国教とした国の一つ(紀元337年)です。そしてキリスト教の儀式に欠かせないのがワイン。ジョージア正教会の修道院では今も修道士たちがクヴェヴリでワインを造り、礼拝で用いています。
実は、ソ連時代(1921〜1991年)には宗教が厳しく制限され、多くの教会が閉鎖されました。しかしワイン造りだけは「伝統産業」として細々と続けられ、それが独立後のワイン産業復興の礎となったのです。
よくある質問
Q1. ジョージアワインは初心者でも飲みやすいですか?
はい、飲みやすいタイプもあります。特に「キンズマラウリ」や「アラザニヴァレー」といった半甘口の赤ワインは、果実味が豊かでタンニンも柔らかく、ワイン初心者にも親しみやすい味わいです。一方、クヴェヴリ製法のアンバーワインは複雑で個性的なため、ある程度ワインを飲み慣れてから挑戦するのがおすすめです。
Q2. アンバーワインとオレンジワインは同じものですか?
基本的には同じ製法で造られたワインを指しますが、呼び方が異なります。「アンバーワイン」はジョージアでの伝統的な呼称で、琥珀色を意味します。一方「オレンジワイン」は近年、欧米で広まった呼び方です。どちらも白ブドウを皮ごと発酵させたワインを指しますが、ジョージア産の場合は「アンバーワイン」と呼ぶのがより正確です。
Q3. 開栓後、どれくらい保存できますか?
アンバーワインは酸化的なスタイルのため、通常の白ワインよりも日持ちします。冷蔵庫で保管すれば、開栓後3〜5日程度は十分に楽しめます。むしろ開けてから2日目の方が、香りが開いて美味しくなることも。赤ワインのサペラヴィも、タンニンがしっかりしているため4〜7日程度は問題ありません。
Q4. ジョージアワインは高いですか?
価格帯は幅広く、1,000円台から購入できるものもあれば、本格的なクヴェヴリ製法のプレミアムワインは5,000円以上するものもあります。スーパーで買える半甘口の赤ワインなら1,000〜1,500円程度、ワイン専門店で扱うアンバーワインは2,500〜4,000円程度が相場です。フランスやイタリアの同価格帯のワインと比べても、コストパフォーマンスは決して悪くありません。
Q5. どこの産地のジョージアワインを選べばいいですか?
主要な産地は東部の「カヘティ地方」と西部の「イメレティ地方」です。カヘティは大陸性気候で日照量が多く、力強くタンニンのしっかりしたワインが生まれます。代表品種はルカツィテリ(白)とサペラヴィ(赤)。一方イメレティは黒海に近く温暖湿潤で、よりエレガントで酸味の美しいワインが特徴です。初心者にはカヘティ産の半甘口赤ワイン、ワイン愛好家にはイメレティ産のアンバーワインがおすすめです。
まとめ
ジョージアワインの魅力を改めて整理すると、以下の3点に集約されます:
- 8,000年の歴史と文化:世界最古のワイン発祥地として、人類のワイン文化の起源がここにある
- 唯一無二の製法と味わい:クヴェヴリ(素焼き壺)による伝統製法が生み出す琥珀色のアンバーワインは、他のどの国でも味わえない個性を持つ
- 和食との相性:タンニンと旨味の相互作用により、刺身・焼き鳥・味噌料理など日本の食卓とも驚くほどマッチする
新しいワインを開拓したいと考えているあなたには、まず手頃な「キンズマラウリ」から始めてみることをおすすめします。そしてもう少し冒険したくなったら、クヴェヴリ製法のアンバーワインに挑戦してみてください。
ジョージアワインを通じて、あなたのワインライフに新しい扉が開かれることを願っています。次回は、ジョージアと同じく注目を集める東欧のワイン産地についてもご紹介しますので、お楽しみに。